岡本太郎も絶賛した縄文土偶(土器)の謎に迫ってみた

岡本太郎と言えば、「太陽の塔」を制作した超有名な芸術家です。

そんな日本を代表する岡本太郎が「縄文土器」(土偶?)を見た瞬間、”なんだこれは”と叫んだそうです。

縄文時代の土偶の文様は、縄文人が自らの意志や意味を込めて作り上げています。

縄文の美を再発見した岡本太郎

岡本太郎

出典:www.kaen-heritage.com

縄文の美を再発見し、日本美術史を書き換えたのは岡本太郎です。

その思いは万博記念公園にある「太陽の塔」にも確実に結晶化されているように思います。

縄文人は高度な精神文化を持っていた

出典:utsukushiikuni.com

スマートな胴体。引き締まったくびれ。ふくよかな膨らみ。形だけをみると、実に美しいプロポーション、見事な曲線美である。見る者を魅惑する形とは裏腹に、この土の器は、外皮に奇妙な文様をまとっている。口縁部には奇妙な突起が貼りつき、4つの不可思議な把手が伸びあがる。縁の部分には棘のような三角のギザギザが波を打っている。なめらかな粘土の一本一本の線。それらがうねり、渦を巻き、凝集される小さな空間は、吐き気をもよおすほどの異様な無音の響きを周囲に放っている。この不思議な粘土の塊を目の当たりにする人は、いったい何を想像するのだろうか。(※ここでは岡本太郎の表現から土器ではなく土偶と位置付けました)

考古学者たちは上の不可思議なモノを「火焔型土器」と呼んでいます。

ところが、岡本太郎はこの土器に「深海のイメージ」を見たというのです。

 

私が得た知識からすると、1万5千年も続いた縄文時代は、精神的には今よりずっと高度な奥深い精神文化を築き上げていたと確信しています。

いかにも縄文時代は精神的にも遅れた原始的な社会だったようなニュアンスを受けますが、事実は逆だったのではないかと思います。

 

その証拠に今も神社で唱えられている「大祓い詞」ができた時代を調べてみると、どうも縄文晩期まで遡るのです。

さらに「神道から観たヘブライ研究三部書」という本には、旧約聖書に書いてある内容と大祓い詞に書いてある内容と順序、表現が全く一致しているとその箇所まで明らかにしています。

その本には十戒で有名なモーゼも日本にきて、縄文時代から学んだようなことまで書いてあるのです。

 

命の螺旋

あらゆるものは右廻り、左廻りの渦できています。

命の螺旋と言ってもいいです。

この命の螺旋に思いを馳せると、不思議と全てが繋がってきます。私たちが認識しているこの世は、太陽系も、原子も、必ず中心点があり、スピンしながら螺旋を描いています。

原子の構造

出典:www.miyazaki-gijutsu.com

そして最新科学の力で太陽系自体も銀河の中を公転している事実が明らかになりました。

私はこのことについて、「エンペラーコード」というセミナーで、太陽系は銀河の中心ブラックホールを公転しているのだと教わりました。

これが2019年に撮影に成功した銀河の中心にあるブラックホールの写真です。

 

考えてみたらスピンや螺旋と無縁な存在はこの世にはありません。

縄文人は上のようなことを体感的にわかっていたような気がします。

縄文土器のほとんどは縄目文様の渦巻き状の螺旋になっています。

 

私の持っているBettenという意識進化の発生装置にも、ゼロポイントを生み出す渦巻き螺旋のゼロ磁場コイルが搭載されています。

そして、その構文には回文機能が組み込まれています。

さらに、HOLO(母衣ほろ)という最新装置によって、創造の次元(銀河のブラックホール)に繋がることが可能になりました。

そこで、netenというところで教えて頂いたこの渦巻きのことについてまとめてみました。

この右回り、渦のエネルギーがぶつかるとゼロ磁場ができます。パワースポットの中央構造線上にある分杭峠もそうです!

両手を合わせて祈る祈りには意味があったのです。それは右巻き左巻きの螺旋の渦が重なることにより分杭峠と同じゼロ磁場ができるのです。拍手も同じです。

上から読んでも下から読んでも同じものを回文といいますが、実はDNAも回文構造の螺旋になっているのです。

回文にすると、夢が叶いやすいという事を昔の人は知っていたようです。昔の和歌にも宝船という回文があります。

なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな(長き夜の 遠の睡ねむりの 皆目醒めざめ 波乗り船の 音の良きかな)

とにかく縄文については良くわからないことばかりですが、もっと現代人は縄文人に学ぶ必要があるのは間違いないです。

 

縄文土偶が鹿児島でも出土

縄文ヴィーナス

出典:www.sankei.com

上の画像は産経ニュースに載っていたものですが、ローカル新聞の南日本新聞には「縄文ヴィーナス 石に毛髪表現」の見出しで1面に載っていました。

 

縄文時代草創期(約1万3500年前)の女性像(ヴィーナス)とみられる線刻礫歴が見つかったとありました。

出土場所は南九州市知覧の牧野遺跡です。

草創期のものは国内3例目で縄文時代のヴィーナスとしては2番目に古いそうです。

 

そして、南九州の縄文人の精神文化を探る上で貴重ということで次のように解説してありました。

縄文ヴィーナスは女性の髪や乳房、生殖器を石などに表現し、安産や豊作祈願のために作られたとされる。・・・・円形竪穴の中の大規模な集積遺構から見つかり、祭祀との関連性も考えられる。

 

縄文土偶に秘められた謎に迫ってみた

乙女の祈り像

出典:mulligan3i

この謎を解くのには、現代社会ではタブー視されている〇〇に注目するのが一番の早道です。

八戸市の縄文館で観た国宝合掌土偶ーヴィーナス像の〇〇がなぜ露わになっているのか?ヴィーナスの誕生やミロのヴィーナスでさえ下半身は隠されています。

 

現代社会においては、〇〇はタブーなのか知りませんが、縄文社会においては神聖なものだったのかも知れません。

不思議に思っていたら、その神秘の秘密が最近、わかったような気がしました。

それがタオコード(性の5次元領域から迸る秘密の力)という本です。

 

タオコードという本によると

著者は千賀一生という人で、人類の原型的舞踏「わの舞」を全国に展開している人物です。

踊る運動によって、体によって宇宙(神?)につながる方法を教えている人です。

わの舞

出典:goo25715

著者は中国の山奥に実在した老子の子孫と言われる村で体験した事実や感じたことを赤裸々に書いています。

私が思うには、この村はおそらく日本の縄文時代の村と同じものだったのではないかと言う気がします。

なぜなら、老子は日本で言うと縄文後期に生まれ、日本にもきたとされる人物で、太古の文化を愛した謎の人物だからです。

 

タオコードには次のように書いてあります。

老子は、本当は思想を作ったわけではない。文明化により心の文化が失われる中で、ひたすら太古の文化(縄文文化?)をそのまま守ろうとした。

つまり、「老子は日本の縄文時代から学んだことを、世によく知られる詩文の裏に秘境的教えを記述し、それを子孫に伝え、実際、そういう理想郷を中国の山奥に作って縄文思想を守ったのではないか?」ということです。

 

老子書の裏の意味は命の螺旋?

老子書の裏の意味は、ずばりセ〇クスについて書かれたものだと著者は断言しています。

老子は、女性〇の奥の奥に万物の根源にある超越次元を見ていたのです。

言い換えると、その奥に命の螺旋を見ていたと言えなくもないです。

 

だから、縄文人が女性〇も男性〇も神そのもの(宇宙)だと考えていたとしても、不思議ではないのです。

言霊学的に考えると、女性〇は母音、男性〇は父音、そして母音と父音が出会って子音が生まれると考えることもできます。

 

老子の言うタオの世界は5次元世界そのものです。

老子は5次元世界をセ〇クスの中に垣間みたのです。

だから、〇〇は現代人のように卑しくて隠す対象でなく、神だから崇める対象なのです。

 

タオコードの一文紹介

出典:ameblo.jp/peroko-0221

タオコードの最も印象に残った一文を紹介します。

これは老子が実際記した言葉です。

道の道とす可(べ)きは常(つね)の道に非(あら)ず、名の名とす可(べ)きは常(つね)の名に非ず。無名は、天地の始めなり、有名は、万物の母なり。故に常に無欲にして以て其の妙を観(み)、常に有欲にして以て其の徼(きょう)を観る。此(こ)の両者は、同じ出にして名、異にす。同じく之を玄と謂(い)うも、玄の又(ま)た玄は、衆妙の門。

妙(みょう):精妙な超越世界

徼(きょう):粗野な現実界

玄(げん):深い穴のような深遠な世界 不可視の領域 ここでは見えざる女性器の穴の中を暗示

玄之又玄(げんのまたげん):万物を生成する究極の見えざる次元

衆妙(しゅうみょう):万物の根源にある超越次元

著者が解説している裏の意味は次の通りです。

私は今から性の秘密について語ろう。かといって、あなた方がよく行う、うつろいゆくセ〇クスについて語りたいわけではない。

究極の性とは、この宇宙を生み出した、名前すらない本質だ。あなた方の語るセ〇クスは、その本質の疑似的表れにすぎない。

だから、情欲的次元を超えて、性なるものの本質を観るんだ。あなた方が知る粗野な性の喜びを超えた、はるかなる至福世界がその奥にはあるのだよ。

あなた方はその一時のセ〇クスにさえ不思議なほどの魅力を感じるというのに、そこに秘められた、その何倍もの深遠世界に、どうして気づこうとしないのか。

それこそが究極の性、すなわち、森羅万象を抜き超えた真の領域なのだ。(私はその究極の愛へと至る道をこれから語ろう)

これは5次元、つまり空の世界を描いたものです。

その世界を老子はセ〇クスの中に見出し、自分の子孫に言い伝えとして残したのではと私は思います。

 

青森の大湯環状列石のストーンサークルも観ましたが、確かに古代の日時計には間違いないと思うんですが・・・。

中心の石柱は見ようによっては男〇と言えなくもないです。

大湯環状列石のストーンサークル

出典:kankousiseki

この形を著者が体験した村の祭りと重ね合わせて考えると実に興味深いです。

祭りの時には男〇の石柱のまわりを、男女が交互に並んで円形にとりまく。そんな中で私は巨大な一体感に包まれた。人との一体感だけではなかった。無数の木や草のすべてが生きているということが、肌でわかる。・・・それは確かに一種のエクスタシーだった。

出典:izumihara7673

日本の男〇の石柱は明治新政府によってそのほとんどが壊されてしまいましたが、地方には未だに残っているところがあるのです。

 

老子書は古事記から学んだ?

老子

出典ja.wikipedia.org

私が「老子はやはり日本の古代に学んでいた」と直感したのは、古事記の解説書である「言霊百神」という本を読んだ時です。

古事記によると日本の国づくりは、伊邪那岐、伊邪那美の2神により国づくりが始まったとされています。

その国づくりの有様を伊邪那岐の「〇〇」と伊邪那美の「〇〇」に例えて、書かれてあるのです。

それは、老子が女性〇の奥の奥に万物の根源にある超越次元を見ていたのと全く同じ発想です。

 

言霊学というのは、天地のはじめから国づくりまでを日本語の50音図で解き明かした学問です。

初めての方には、わかりずらいかも知れませんが、伊邪那岐、伊邪那美の国づくりの場面を少しだけ取り上げてみます。

吾(わ)が身(み)は成(な)り成(な)りて、成り合わざる処、一処あり。

成り合わざる処とは〇〇のことだとばかり思っていましたが、アイウエオの母音の一つ一つを発音してみると、同じ音がどこまでも続いて変化することがないのです。つまり、母音の姿を伊邪那美の女陰に例えてあるのです。

吾(わ)が身(み)は成(な)り成(な)りて、成り余れる処、一処あり。

キシチニヒミイリの父音を発音してみると、音が二段に組み合わされていて、親音イが余音(よいん)として続いています。つまり、キシチニヒミイリの父音の響きを鳴り余れる音として伊邪那岐の男根に例えてあるのです。

吾が身の成り余れる処を、汝(な)が身の成り合わざる処に刺し塞(ふた)ぎて。

父韻を母音の中に刺し塞(ふさ)ぐように発生することです。例えばカ行を刺し塞ぐように発生すると、キア(k・a)=カ、キエ(k・e)=ケ、キオ(k・o)=コ、キウ(k・u)=クとなります。その他の行も同じです。

さらに、「汝(な)は右(みぎり)より巡り逢え」のミギリは身切りの義で、女〇の形、母音のことだそうです。確かに女〇は身が切れています。

そして、「我(あ)は左(ひたり)より巡り逢はむ」のヒタリは肥垂り(ひたり)の義で、男〇の形、父韻のことだそうです。

そして、「女人(おみな)を言先立(ことさきだ)ちて良(ふさ)はず」

子音を生もうとして母音を先に発音し父韻を後にすると、a・kではカという子音にはならないが、父韻先に発音し母音を後にすると、k・a(キア)で初めてカとなります。だから、右に廻ると水蛭子(ひるこ)が生まれ子音にならないのだそうです。ところが、左に廻ったら、次々と子音(国)が生まれていったのです。

こういう形で古事記を読み解くというのはもう神技ですね!

実際、キリスト教や仏教などの謎とされる部分もこの方法で読み解けると書いてあります。

 

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今日の言霊

datum house参照

日本文化の中に様々な形で表れている結びの奥には、産霊(むすひ)のおはたらきがあります。そして、その力を使いこなすことによって様々な奇跡を起こすことができます。by塩じぃ